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Welcome note

Welcome to my blog. My name is Somchay YOSHIDA. Living in Vientiane, Lao. I try to introduce about Lao and my days in this country. It's like a floating slowly on Mekhong river. Thanx. ;-D

2011/01/07

Waterfall:瀑布

SiPhan Don, Chanpasak

穏やかなラオスにゆったりとたゆたうメコン河
この国の南端にとても似つかわしくない滝がある


ナーカサンの船着き場からジャングルにでも入るかのように船は進む


到着した先には、かつてフランス軍が物資の積み出しを行っていた埠頭





そこはドンデットの村だ


そこから乗り合いバスに揺られてさらに進む


かつてラオス初の鉄道が敷かれていた道は田んぼの真ん中を進む



今は単なる農道にしか思えないガタガタ道だ



途中、橋を渡る
住民にとっても生活に欠かせない橋でもある


唯一、記念碑的に残された往時の機関車は
野ざらしのまま朽ち果てるのを待つかのよう


さらに森の中を歩いて行くと突然ソンパミット(別名:リーピー)の滝が現れた



 季節はすでに乾季
それでも圧倒的な水量をたたえていた


帰りがけに見かけたタクローに興じる少年たち
ここは世界的な観光地だが、昔から生活を営んでいる人たちが確かにいた





こちらはコンパペンの滝
ここは駐車場からすぐ近くだ
数キロ先にカンボジアとの国境がある



2011/01/06

Hot spring:温泉

緑に囲まれた道を歩く


行き着いた先には小さな池があった
立ち上る煙は、朝もやではない




 池の底から湧きいでる温泉だ


森に囲まれたごく普通の小さな池


'Bo Nam Hong Nyai' , Mouangkham, XiangKhouang
シエンクワン、ムアンカム「ボー・ナムホーン・ニャイ」
その意味は「大きな温泉」


温泉の周りは森と山に囲まれている
まるでヨーロッパの田舎にいるような風景


近くに小さなリゾートが一軒ある
各部屋には源泉が引き込まれていて、
バスタブもあるから日本人にとってもうれしい


リゾートにはこんな小さな家族もいる



2011/01/05

Commuting to School:通学

2010年11月

わたしはラオス北部の山岳部を訪ねた。


車での移動中に学校へ通う生徒たちを見かけた。


いったい、何キロの道のりを歩いて来るのだろう。
山道を登ったり、下ったり。





それでも、彼らの顔には笑顔が溢れていた。


別の日の早朝。
まだ空は暗いままの時間。
ラオスとはいえ、朝夕はかなり寒い。



その市場には小さな子どもたちが、親の商売を手伝っていた。
かじかむ手をポケットに突っ込んだまま。
身体は小刻みに震えていた。


手伝いが終わると子どもたちは学校へ行く。
たぶん、また山道を何キロも歩くのだろう。


少し大きめの街の朝は、自転車通学する子どもたちで溢れかえる。
中には起きたばかりのような顔も見える。


少しの距離が大きな格差を生み出している。
日本とラオスとの間には想像もできないくらいの格差がある。


それでも、きょうも子どもたちは笑顔いっぱいに学校へ通っている。
そして、学校でも元気いっぱいだ。



Today's Lao Kip
Exchange Rate
CurrencyBank Note/LAK
NOTEEFTS
USD 8,040.008,075.00
THB 267.44268.78
EUR 10,684.0010,738.00
GBP 12,335.0012,582.00
AUD 7,956.008,115.00
CAD 7,930.008,089.00
JPY 96.4898.41
Date: 05/01/2011



2011/01/04

正月:Hmong People's New Year

ラオスには多くの少数民族がともに暮らしている。
そのひとつ、モン族は高地ラオ(ラオスーン)とも呼ばれる。

伝統的なモン族の衣装

彼らの正月は、毎年太陰暦に寄って日にちが決められる。
今年は12月7日から始まった。




男女が向かい合って並び、鞠(ボール)を投げあう。
これはモン族のお見合いでもある。


モン族の人々は、今もまだ男女が席をともにすることが少ない。
かつては生涯の伴侶をここで見つけたという。


まさか、こんな子もお見合い?
そんなことはあるはずもなく、儀式はほとんど形骸化しつつある。


強い日射しに日傘は欠かせない。
でも、雨傘兼用なのは致し方あるまい。



それでも最近は、ジーパン姿や男とバイクにまたがって街を駈ける姿も。
そんな時勢に伝統衣装もカラフルなものが増えているようだった。


2010/12/19 ポンサワン郊外にて
Photo : PhoneSavanh, XiengKhouang, Lao

2011/01/03

石壷:Jar

シエンクワン <XiengKhouang>


ビエンチャンの北西、シエンクワンは標高1000mを超える高地。
広々とした高原といった趣きだ。
その一角に不思議な石壷(ジャール)がたくさんある。
先史時代のものといわれるこの石壷は、一説には米や酒を貯蔵したとか、
骨壺だとい様々な見解がされているが、用途はいまだに判明していない。




世界的にも貴重な遺跡は公園として管理され、
上の用な注意書きの看板が立っている。



でも、そんなモノ気にしないで乗る人はあとを断たない。
上の写真で乗っかっているのは、タイ人だった。

2011/01/02

10年:10 years


初めてビエンチャンを訪れたのは、2000年1月。
その頃、バンコクに住んでいた私は会社を辞めた都合でビザの
切り替えのために夜行列車とバスを乗り継いで、たどり着いた。
友好橋からはフォラン(欧米人)たちと一緒にトゥクトゥクに
乗って市街に向かった。



今や小綺麗な店も並ぶ市街


その途中。
小さな子どもたちが道ばたを並んで歩いていた。
きっとファランの誰かが手を振ったのだろう。
子どもたちが一斉に手を振り返して来た。
口々に「サバーイディー」「ハロー」と
思いっきりの笑顔だった。
この出来事ひとつで、私はこの国が大好きになってしまった。

朝夕と渋滞も起こるようになったビエンチャン

その時、街中のいたるところで工事が行われていた。
タイや日本だったら工事中の至る所で車が渋滞する。
しかし、その頃のビエンチャンには車どころかバイクすら
ほとんど走っていなかった。


2010年11月
気がつけば、あれから丸10年経っていた。
訪れた街にその面影は全く無かった。
ただ、穏やかなメナムの流れと澄んだ夕焼けだけは、
昔と変わっていないように見えた。



2011/01/01

A Happy New Blog!


〜メコンに沈む夕陽〜

A Happy New Year !

สวัสดีปีใหม่
↑タイ語

あけましておめでとうございます!

ສບາຍດີປີໃຫມ່
↑ラオ語


昨年10月末に日本を出て、ラオスの首都ビエンチャンに来ました。
これまでの2ヶ月はまさに目も廻るような多忙な。というより
移動に次ぐ移動で中々落ち着いてブログを書くことも、それ以前に
落ち着いて思考すること事態が出来ないような日々でした。

年末にトンでもない失態があったものの、年明けは割と静かに
落ち着いた感じでおります。
この間にというわけでもないのですが、以前からラオスやここで
の生活について書いてみたいと思っていたので、思い切って新し
いブログを作っちゃいました。
タイについて書いてきたものの開店休業状態のブログ「サラブリー
のひまわり畑」に引き続いて書くよりもこのほうがいいかと。

というわけで、よろしくお願いします。